去った友よ

こんな淋しく悲しいことがあろうか。
私は昨日を親友を亡くした、これまでも何人かの
知人を見送ったけれども、親友と呼べる身近な人
を失うことはこれが初めてで本当に心底こたえる。


私には確かな死生観があって、死に対する否定的な
感情はないが、それでももう会うことも言葉を
交わすことも叶わない淋しさに泣けてくる。


いつも目に浮かぶのは彼女の優しい笑顔、
そして思い出される楽しい会話、共に山歩きをしたこと・・・
体力作りに懸命に努力される彼女の姿にどれだけ
励まされたことだろう。
私よりも余程健脚になって、私が追いつけなかったくらい


食事にも工夫されていて、彼女特製の野菜ジュースを
頂き、その美味しさに一同感激したこともあった。
いつも前向きで、いろいろな所に出かけ、学び、楽しみ
感動して、私達に語ってくれた。


もう彼女との思い出がこれ以上増えることのない淋しさよ、
ただ、彼女に「ありがとう、ありがとう」と心のなかで
あるいは口にだして繰り返すと、心が不思議に静まってくる。


携帯には彼女が亡くなる3時間前のメールが残っている、
その日、私は「1時半にお見舞いに行きます」
というメールを送ったら。「その時間はちょっと大変なので
もう少し遅くしてください、ゴメンね」というので1時間
遅く見舞いにいったら、もうすでに息を引き取きとられていた。


一体どんな大変な状況のなかこのメールを返信
してくれたのだろうか、本当に律儀な彼女らしいとメールを
見返すたび泣けてくる。
今まで一杯お話してきたけど、最後にもう一度言葉を
交わしたかったと悔しくてならない。


誰しも間違いなく去りゆく命なれど、あまりにも早い親友の
旅立ちにただ茫然自失と立ち尽くす思い。